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守山500周年&志段味村120周年

2026春号コラム
目次

2026年は守山区&志段味のアニバーサリーイヤー

 「今年は…〇〇周年」というフレーズを読者の皆さんも耳にしたことがあると思います。今年は令和8年、西暦2026年。いったい、どんな「〇〇周年」に当たるのでしょうか?
 調べてみたところ、ありました、ありました。この地域の皆さんにとってはとても大事な「〇〇周年」が見つかりましたので、ご紹介したいと思います。

 先ずは「守山500周年」について。
 皆さん「連歌」ってご存知でしょうか。日本古来の和歌のリズム「5・7・5」+「7・7」の上の句と下の句を複数人で次々に詠み連ねていく文化として発展し、室町時代に最も栄えたといわれています。その連歌を極めた一人に「柴屋軒宗長(さいおくけんそうちょう)」さんという連歌師がいます。「急がば回れ」の元になった歌を詠んだ人と言われています。この宗長さんが築城間もない頃の守山城(現在は、守山区市場4に「守山城址」としてその名残りをとどめています。)を訪れ、連歌会に参加したといわれており、そこで宗長さんが詠んだのが次の句だったそうです。
「花にけふ 風を関守 山路哉」
 宗長さんが著した「宗長手記」や句集に、この句が「尾州守山の城千句に(注)」との詞書などとともに記されており、その連歌会が開催されたのが大永6年、西暦にして1526年春のことだったそうです。
 「山を守る」と書いて「守山」という地名がこうして初めて歴史に登場してからちょうど500年という記念すべき大きな節目を今年迎えました。

守山城趾
守山城趾名古屋市守山区市場4(「もりやま歴史浪漫飛行」掲載)


 次に「志段味村120周年」について。
 このしだみっけの「2026冬号」はご覧になりましたか? それに掲載しました「志段味年表」には「1906志段味村発足」という記事が載っています。「志段味」という地名は、既に江戸時代から上志段味村、中志段味村、下志段味村の名として存在したそうですが、明治時代に入り、吉根村も含めて合併等が繰り返され、現在の志段味地区全体で一つにまとまり「志段味村」となりました。それが今から120年前の西暦1906年、明治39のことでした。
 それから48年後の西暦1954(昭和29)年には、志段味村が守山町との合併により守山市となり、更にその9年後の西暦1963(昭和38)年には守山市が名古屋市との合併により名古屋市守山区となりました。
 
 皆さん、今年は是非、「守山500周年」そして「志段味村120周年」という長い歴史と記念すべき節目を迎えたことを誇りに感じていただきたいと思います。
※(注)…守山城における千句連歌会に参加したときの句であることを示す詞書と推定されています。連歌は和歌(短歌)の上の句と下の句を二人で一首を詠む短連歌から、時代とともに交互に何首も詠む「長連歌」に発展し、複数人により百句で完結させる「百韻」の文化や「百韻」を一巻として十巻で完結させる「千句」の文化が室町時代に栄えたと言われています。
 宗長さんは、守山城における千句を詠む連歌会に招かれ、その最初に詠まれる句「5・7・5」に当たる「発句」を詠んだとされています。

志段味村
志段味村役場跡の碑
2026春号コラム

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